虫様筋を使うというのは、ショパンピアニズム以外でも普通に使われている言葉だと思う。
指を動かすことを考えると何も特別なことではないのだが、ピアノを前にしても使えているかというと、そうではない。
人が普通に生活していて物を掴んだりする時には、全ての人が虫様筋を使って生活している。
では試してほしい、物をつかむ時に指先に意識を集中するのだ。
どうだろうか、指先に意識を集中した瞬間に肘と肩が固まり、それまでリラックスしていた体の状態が一気に緊張に変わったのではないだろうか。
何も考えずにつかむ時には、そういった緊張は起こらない。
ショパンピアニズムでは普段と同じ手の使い方をする。
つまり指先に集中をせず、普段通りに物を掴んだり握手したりする感覚で演奏するのだ。
肩が上がったり肘が力んだりする方は、ほぼ間違いなく指先に集中をし、第1、第2関節を使って演奏しているはずである。
そうではなく、指先に意識を持たず第3関節から虫様筋を使って打鍵するのだ。
そうすることで最大の体のリラックスを得ることができ、さらにショパンピアニズム最大の利点がもう1つ得られる。
それが耳のリラックスである。耳こそがリラックスさせる最も大切な部分である。
ショパンピアニズムの中でも数多に流派は存在するが、その先駆者であるショパンの考えこそが私の大切な中心軸である。
私は、ショパンの記述と私が好きな様々なピアニストの演奏やそれに伴う動きから、打鍵を「重さ」「高さ」「速さ」 の組み合わせで構成すると考えた。(その理由はコチラからご覧下さい。)
そして文献を読み漁っているとネイガウスが同じように考えていたことが分かり、自身のピアニズム研究に迷いがなくなり没頭できた。
「ネイガウス著 ピアノ演奏芸術」に
F(打鍵の力) h(高さ) v(速度) m(質量)
という4文字で上記で書いた事を見事に簡潔に書いてあるので、是非読んでみてほしい。ピアノ観が変わるはずである。
それでもショパン、ネイガウス共に打鍵の発想までは書いているが、それを実行するための筋肉までを彼らの書物から見ることはできなかった。
しかし科学と解剖学の分野でピアニズムの研究が一層進んだ現代では、望みさえすれば誰でも美しい1音が手にはいるようになった。
伝統を音と感覚のみで受け継いでいく時代は終わったと感じている。
150年前、ショパンはコロンブスの卵とでもいうべき「新しい手の基本ポジション」を見つけた。
そのあまりにも美しく、溢れ出る想像力の源であり、全てのピアニズムの本質とでもいうべき基本ポジションを分解しつくすと「耳の解放」「虫様筋」「下部雑音」という答えに行き着いた。
1音を美しく出すだけなら、誰でもできる。才能という言葉で片付けずにピアノと真摯に向き合ってほしい。
日本にも美しい志を持った人が増えるよう活動していきたいと思う。
ピアニズムに関して私たちは、真の現実主義者・実践者でなくてはならない。 ゲンリヒ・ネイガウス