子供に響きを伝える

ソコロフを聴いた時、ピアノの可能性を知った。
それからはひたすら美しい音を追いかけてきた。

レッスンでは、ピアノが持つ最高の響きを子供から大人の方まで同じように伝えている。

しかし、子供と大人では同じ指導をしても伝わり方が違っており、なぜそのような違いが出るのか試行錯誤が続いていた。

感触としては、大人の方は私が出した音を同じような形で自分の中に取り入れることができた。
子供は、私が出した音を追い求めるも、体に硬さが見られ、それに伴い音にも硬さがあった。

その違いが何故出てしまうのか分からないまま、私はピアノから出せる最高の音を目指して指導を続けていた。

最近だが、当たり前のことが指導方針から抜け落ちていることに気がついた。

それは、体格に違いがあることだ。
私よりも骨格も筋力も劣る子供に同じ音質を求めたら、体のどこかに硬さが出てしまって仕方ないのだ。

いや、正確にいうと、私自身は同じ音質を子供には求めておらず、
「このような響きを目指して欲しい」と横で弾いてみせることで
「響きの方向性」を示していた感覚に近い。

しかし横で弾くということ自体が、吸収力のある子供にとっては影響があるのだ。
無意識に同じ音質を追いかけてしまい、力みが出てしまう。

こんな単純なことに何故長い間気がつけなかったのか、正直悔しく思っている。

最近は、横で弾くときは音質を少し抑えるようにしている。
抑えるといっても倍音の量は変わらず、その子の体格に合わせて音の密度を変えているといった感じだ。

そうしてみると、大人と同じように美しい音をリラックスした状態で出せるようになってきた。
効果はとても高かった。

教える立場の人は、横で同じ曲を弾く時は、生徒の体格に合わせて音の密度を気をつけないといけない。

響きはそのままに、密度を調整する。これは指導者に必要なテクニックだと感じる。

テクニック

最も弱い音から最も強い音の間に全てのテクニックが詰まっている  ゲンリヒ・ネイガウス

最もの後に(美しい)が入るのだが、この言葉の意味を今はすんなりと理解できる。
私の教室では、ピアノを美しい音で鳴らしきるところから学んでもらう。
鳴らしきるには、正しい体の使い方、楽器の扱い方ができていなくてはならず、とても高度な要求をしている。
しかし、これができるとピアノの本質を生徒自身も感じだし、楽器を扱う考え方が変わるのだ。

ピアノは特別な楽器である。指揮者と演奏者のどちらも一人でやらなくてはならない。
それもソリストだけではなく、オーケストラ全員である。

ここに主観的な要素が入ってきては演奏は上手くいかない。
指揮者の耳でピアノを扱える様にならないといけないのだが、その第一歩がピアノを鳴らしきることからはじまる。
この第一歩で指揮者の耳を手に入れなくてはいけない。

最上のフォルテッシモとピアニッシモが手にはいれば、道は大きく開く。

全てはテクニックであり、テクニックが全てを解決する。 ゲンリヒ・ネイガウス

音を聴く感覚

奏法が身についてくると耳はピアノの鍵盤上ではなく空中に向けて解放されます。
この時に「聴く」ということを実感できるのですが、どうしても導入段階では分かりにくい感覚でもあります。

まだ「弾く」という感覚があるうちはイメージが手助けになることが多いです。

よく音を聴いて!

このようなアドバイスを生徒に送る教師は多くいます。
しかし、このアドバイスでは生徒は注意された一方の音にしか注意を傾けなくなります。

メロディーをよく聴いてというと、伴奏がおろそかになり、伴奏を聴いてというと、メロディーがおろそかになり、
その場所では、バランスが整ったとしてもそれは一過性のものでしかなく「聴く」という感覚ではありません。

「聴く」という感覚は、注意をどちらか一方に向けることではなく、全体を見渡したまま「遠近感」を感じることなのです。

この「遠近感」を感じることが「聴く」という感覚ですが、これは今まで意識したことがない方には難しいものです。
しかし次のようなイメージを持つと感覚を掴みやすくなります。

大きい教室がありそこに大勢の生徒が座っています。自分は教卓の前にいる先生です。
先生は教卓から一切移動することなく、生徒全員の言っていることを聴かないといけません。

これが聴く感覚です。

「右前の生徒」が先生に向けて話していると同時に、「左後ろの生徒」も先生に向けて話しています。
この両方の声を教卓から移動することなく聞き取る。これが聴く感覚であり遠近感なのです。

聴くという感覚は、何かに集中するということとは違います。全体に意識を張り巡らせたまま、いろいろな距離からくる音を聴き取るということです。
つまり聴くという感覚は、平面に存在するのではなく奥行きがあるのです。

ですので、
伴奏を弱く、メロディーを目立たせてというような平面的なアドバイスではなく、
伴奏は左後ろの生徒が優しく話していて、メロディーは右前の生徒が話している。

このように意識させるだけで音楽は奥行きを持ち響きは色を持ち始めるのです。
そして強弱ではなく、遠近感や響きの量で音楽を作ることができてくるのです。

耳の使い方を指導することは、音楽的な話をするのと同じくらい大切であると実感しています。

言葉の力

私は現在、埼玉県戸田市でピアノ教室を開いています。日々ピアニズムの研究を続けながら生徒に伝わりやすい方法を模索しています。

レッスンを行う中で言葉というのはなかなか難しく間違った伝わり方をしてしまうなと感じております。

以前、体を前後に動かしすぎる生徒がおり、なんとか楽に弾いてもらおうとアドヴァイスしたことがありました。

 

「体が動きすぎてて、それだと自分の音を聴けないよ。あまり動きすぎないで」

 

すると体を動かすまいとカチカチに固まってしまい逆に力んでしまいました。

次に実験をしてもらいました。

一音を鳴らしてもらい、それをペダルで保留。

音を持続したまま目を閉じ体を前後に動かして聴こえ方の違いを感じてもらいました。

 

「前に行くと音が大きくなり、後ろに行くと小さくなる」

 

生徒が言いました。

 

そうなんです!

体を動かさない方が良い理由は、耳の位置が変わって音を聴けなくなるからなんです。体を後ろに引いたり前に倒したりしても実は、

 

『音を聴いているつもり』

 

になっているのです。

 

そこで、

「耳の位置を変えると音が変わっちゃうでしょ?体は意識しなくていいから音をよく聴くために耳の位置を変えないように気をつけてみて」

 

このように助言してみると、体の硬さはとれ音も立体的になりました。

 

自分自身でもそういった経験はよくあり、

 

「脱力」と思うより「リラックス」と思った方がうまくいきます。

「テンポを守って」より「曲の呼吸を邪魔しないで」と思った方が自然な流れになります。

「音を大きくして」より「響きを厚くして」の方が色彩豊かになります。

「よく聴いて」より「耳を天井に置いてきて」の方が立体感が出ます。

 

言葉の力は大きいです。

 

そういったところも日々研究していかなくてはいけませんね。

 

 

 

黒木洋平ピアノ教室 ショパンピアニズム モダンピアニズム

戸田駅徒歩1分 池袋/新宿/赤羽/大宮からも埼京線でいらしていただけます