No Title

もう一度レッスンを受けたいと思う人がいる。
恩師である故アンドレアス・インマーだ。

ドイツでの4年間は、本当に現実だったのかと思うくらいに、遠い記憶になってきているけれど
モーツァルトを弾くたび、シューベルトを弾くたび、ベートーヴェンを弾くたび
私の中に彼の音楽が鮮明に蘇ってくる。

今の私の演奏を聴いて彼は何と言ってくれるのだろうか。また隣で喜んでくれるのだろうか。

過去のことなど、ほとんど思い返したりはしないが、
音が引き金となって鮮明な記憶を呼び起こしてくる。

音には色々な想い出が詰まっていて、それらが私の心を覆ってくれている。

子供に響きを伝える

ソコロフを聴いた時、ピアノの可能性を知った。
それからはひたすら美しい音を追いかけてきた。

レッスンでは、ピアノが持つ最高の響きを子供から大人の方まで同じように伝えている。

しかし、子供と大人では同じ指導をしても伝わり方が違っており、なぜそのような違いが出るのか試行錯誤が続いていた。

感触としては、大人の方は私が出した音を同じような形で自分の中に取り入れることができた。
子供は、私が出した音を追い求めるも、体に硬さが見られ、それに伴い音にも硬さがあった。

その違いが何故出てしまうのか分からないまま、私はピアノから出せる最高の音を目指して指導を続けていた。

最近だが、当たり前のことが指導方針から抜け落ちていることに気がついた。

それは、体格に違いがあることだ。
私よりも骨格も筋力も劣る子供に同じ音質を求めたら、体のどこかに硬さが出てしまって仕方ないのだ。

いや、正確にいうと、私自身は同じ音質を子供には求めておらず、
「このような響きを目指して欲しい」と横で弾いてみせることで
「響きの方向性」を示していた感覚に近い。

しかし横で弾くということ自体が、吸収力のある子供にとっては影響があるのだ。
無意識に同じ音質を追いかけてしまい、力みが出てしまう。

こんな単純なことに何故長い間気がつけなかったのか、正直悔しく思っている。

最近は、横で弾くときは音質を少し抑えるようにしている。
抑えるといっても倍音の量は変わらず、その子の体格に合わせて音の密度を変えているといった感じだ。

そうしてみると、大人と同じように美しい音をリラックスした状態で出せるようになってきた。
効果はとても高かった。

教える立場の人は、横で同じ曲を弾く時は、生徒の体格に合わせて音の密度を気をつけないといけない。

響きはそのままに、密度を調整する。これは指導者に必要なテクニックだと感じる。

ショパンピアニズムの系譜

ショパンピアニズムの特徴は、何といって音色の美しさであり、歌手の様に美しいレガートで音楽を奏でていく。
その音色は大ホールであっても、すべての客席に響き渡る。

代表的なピアニストでいうとホロヴィッツ、ギレリス、アルゲリッチ、プレトニョフ等が挙げられる。

しかし、なぜロシア人の間でこれほど合理的なピアニズムが広まったのだろうか。

それを紐解くには、ピアニスト、作曲家であるジョン・フィールドを紹介しないといけない。

彼はアイルランド出身であり、父からピアノの手ほどきを受けた後は、作曲家でありピアノ製造を行なっていたクレメンティの元で学び、クレメンティと共にヨーロッパ中を演奏旅行に出かけ、各地で名声を得た。
その後、クレメンティに連れられてロシアのサンクトペテルブルクへ移り、1803年にクレメンティが去った後も、彼はロシアに留まり演奏とピアノ指導の活動を続けた。その後もロシア各地の貴族社会から熱烈に歓迎され、一時は「フィールドを知らないことは、罪悪である」とまで評されていたとされる。

そしてショパンはジョンフィールに感化されて演奏法を編み出している

 

練習時の注意点

皆さんピアノ練習の時には蓋や譜面台はどうされていますか?

蓋を閉めて譜面台を立てて練習されていませんか?

一般的な奏法の方はこの様に練習してもあまり違和感は感じないのですが、
ショパンピアニズムに一度でも触れると響きがこもってしまい、到底練習にならないといった感覚になります。

それには倍音が関係しており、蓋を閉めて譜面台を立ててしまうと倍音は消えてしまい、基音しか響きません。
倍音で音楽を作っている方からすると、音色の変化をつけようにも材料がないのです。

ピアノの蓋は、部屋が狭くても半開ではなく全開がお勧めです。そして譜面台も倒してください。

譜面台に関しては、起こしたままと倒して演奏した時の音の違いをご自身で比べてみると良いです。
全く違いますので、驚くかと思いますよ。

もちろんショパンピアニズムが定着し、楽器と響きのことを熟知したなら蓋を閉めた状態でも練習はできます。
しかしそこの域に到達するには数年はかかると思います。

ホールで響き渡る音というのは、蓋を閉めて譜面台を立てると、実は柔らかく少しモコモコした様な音質なのです。
その判断ができずに、蓋を閉めて譜面台を立てた状態でガリガリ鳴らして練習していると、ホールでは全く響かない硬い音になってしまうわけです。

是非、ピアノを解放して響きを全身に感じて練習してみてくださいね。

支点について

ショパンピアニズムに移行して間もない頃には、手や腕の支点について言及することがある。

  • 指で言えば第三関節
  • 手で言えば手首
  • 腕で言えば肩甲骨

これら部位ごとに説明するときは、徹底的に支点を意識してレッスンするが
演奏するときはどうかというと、意識することはまずない。

支点の意識は、初期の段階では有効に働き体の使い方が以前よりは格段に上手くなる。
しかし、意識している段階では、必ずどこかに力みが生じてしまうのだ。

  • 指の第三関節を意識すれば、手首と肘はわずかに固まる。
  • 手首を意識すれば、肘と肩はわずかに固まる。
  • 肩甲骨を意識すれば肩がわずかに固まる。

では演奏するときは、どのようにするかというと、

これら全ての意識を捨て音質のみを意識するのだ。

どういうことかというと、
支点の使い方が上手くなると音質はガラッと変わる。
体の使い方を変えて音質を変える作業が終わったら、音質を意識すれば体の使い方が変わるという様に意識する順番を変えていかなくてはいけない。

音質を追い求めて体をそこに合わせていくと、
複数の支点でバラバラだった体が1つに統制されていく。
そこには支点という感覚はなく、エネルギーがどこにもせき止めらず体の中を流れていく感覚になる。

ピアニストは、音によって全身を統合しないといけないのだ。