ショパンピアニズムを教えだして

教室を開いてから1年ほど教えた生徒も出てきた。
1年間教えていると楽器の扱い方はかなり上手くなり、響きから芸術的なインスピレーションを受け取れだしてくる。
能力の差はあれど、その響きからは西洋音楽の伝統を感じとれだした。

私が生徒と同じ年の頃には到底弾けなかった曲をスラスラと美しく演奏している姿を見ては、ショパンから続いて来たピアニズムの素晴らしさを感じている。
演奏技術というのは才能ではなく、正しい方法さえ知っていれば誰でも習得できるものだと改めて思う。

最近感じるのは、このピアニズムは他者を気にせず自分と向き合わなくては達成できないということである。
物質が溢れて全ての人が同じものを持つ時代では自分の内面に目を向けることは難しいが、個人個人の心の豊かさが最も重要である。
人と比較しなくても心は豊かになる。人と共有しなくても心は豊かになる。
芸術に触れるということは、現代では置いてけぼりにされている自分の内面に目を向けるということに繋がるのだ。
しかし、習い事をしている段階ではこの本質までは辿り着けないだろう。
芸術は指の運動では生まれないのだ。

このピアニズムで奏でられる音楽は、何の抵抗もなく心の奥底に入り込んでくる。
ずっと前の思い出の様に、ずっと前から知っていた感情の様に、自然と心の底から湧き上がる。

生徒の演奏からそういう瞬間を感じ始めた。

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