手首の使い方②

ロシア人のレッスンを受けると、音楽よりも動きのことを教えてもらうことが多い。
自然な動きが美しい芸術を作り上げることを分かっているのだ。

動きが自然になってくると脳の使い方も自然になってくる。そうしてやっと同じ次元で音楽を捉えることができ始めるのだ。

そして手首の動きは何より重要である。

まず導入として、「左手の指」を「右手の手首の下」に添える。その状態を保ったまま1音を弾く。
その際右手はリラックスしていることが大事である。

なぜこうするのか。

この添えるという行動によって、「手首の下」に意識が持てるようになり、「手首の下」から弾く意識が生まれる。
それと同時に、弾いた時に手首が下に下がることを抑えることができる。
細かくいうと、「手首の下」から弾くことができれば弾いた時に手首が下に下がることはなくなる。

大事なことは、指先の存在を忘れること。リラックスしていること。

動きというのは、基本的に動かす部分の根元を意識すると自然に動かせる。
スポーツでもそうだ。一流の人は、自然さを求める。自然さを求めるには人体の構造を知らなければ難しい。
ピアニストは根元ではなく先端を意識して弾く人が大多数であり、そうすることにより、どれだけ能力を抑制していることだろうか。

指の根元は手首である。腕の根元は肩甲骨である。
その他、指先、肘、肩は一切意識することなく常にリラックスした状態でなければならない。

そして手首から弾く意識ができ出すと、下から上に音を飛ばすイメージはなくなる。
感覚としては、ピアノからホールに向けて音が飛んでいくのはなく、最初からホール全体を満たしているという感覚になる。

腕全体が地球の重力の向かう方向である、上から下に向かうようになり、そうすると腕は鍵盤から解放され、意識は音と共に空中で漂い始める。

手首の使い方 

ショパンの腕は静かだが、手首は自在に動いていた。

腕を大きく外に回してピアノを弾く姿をよく見かけます。
この動きが伴うと下から上に向かって音楽を作るようになってしまい、ホールが大きくなるほど響きは濁りだし聴衆は音を聴き取れなくなります。

運動が大きい演奏は、演奏者は音を全く聴けていません。この聴けていないという事実は本人以外でないと分からないのが難点です。
奏者は極めて上手に弾いていると思い込んでいることが多いですが、自己満足な演奏になっており聴衆は置いてけぼりなのです。

試してみてください。一音をペダルで伸ばしたまま頭をゆっくりと前から後ろに動かしてみると、音の聴こえ方は全然違うはずです。
強弱で体を揺らす方は多くいますが、それは自分がそう聞こえる位置に体を移動させているにすぎず、実際は客観性を失った音楽になっています。
もちろん聴衆に届く音は自分には聴こえていない音ですので、聴衆は自分に聞こえる音と演奏者の熱さのギャップを感じ置いてけぼりになるのです。

客観性を持ったまま響きを作るには、体の使い方が大きく関わってきます。
体の使い方を理解しないままピアノを弾いていると、体は本来持っている自然さを失い能力を発揮できません。

手首を自由に使って!

よく言われる言葉です。自分は使えていると思っている方も多いと思います。
重要なのは自在に使えていることではなく、どのタイミングで使うかなのです。これを間違っていては、まずホールを満たす響きは得られません。
そして間違ったタイミングで手首を使っていると、肘は力を逃がすために外側に旋回してしまいます。
肘を使って力を抜くという発想でピアノを弾いている方は多くいますが、これはそもそも無駄な力が指先と手首に加わってしまっているのです。
無駄な動きは、芸術を壊してしまいます。

ショパンは肘を旋回する動きを嫌っていました。このような言葉も残しています。

なかなか上手になってきたが、肘を使いすぎている。 ショパン

つまり弾き方が根本的に違っているのです。そして音楽も自ずと違うものとなってしまいます。

では、どのようにすれば改善できるのでしょうか。これは手首を使うタイミングを意識することによって改善されます。

手首を使うタイミングは、「弾いた後」ではなく、「弾く時」なのです。

弾いた後に力を逃がすために使っている方がほとんどではないでしょうか?

この使い方は間違っており、これでは指先が支点になってしまい腕の重さは鍵盤に伝わりません。
ピアノを弾く時の支点は指先ではありません。

ショベルカーを思い浮かべればわかると思います。地面を掘るあの重機は腕にそっくりです。
ショベルカーが先端だけで地面を掘ることは不可能です。

根元から先端に向かって順番に動いていく。これが自然な動きなのです。

テクニックは、物理的に自然な動きを追求することが一番大切だと思います

私は、この手首の使い方に気がつくまでに一年かかってしまいました。

あとは、響きを求めないといけません。こればかりは文章で説明することは不可能です。
アルゲリッチ、プレトニョフなどのコンサートで実際に生の音を聴いていただきたいと思います。

響きの額縁

音楽は下から作る

日本でも海外でもレッスンでよく言われることです。
バスの配置により同じ和声であっても響きの雰囲気はガラりと変わります。
電子ピアノであっても雰囲気の変化を感じ取ることはできますが、これはあくまで音楽上での変化であり芸術上の変化ではありません。

バスが持つ芸術的な意味を体現するには、ピアノの扱い方を身に付けないといけません。

ピアノの扱い方を身に付けると言うことは「ピアノを響かせられるようになる」ということですが、ピアノを響かせるには響きを受け入れる器がいるのです。
絵画を飾るのに額縁がいるように、響きを作るにも器がいるのです。

この器とは、バスの響きです。

私が教えている生徒の多くは、音が大きくなると鍵盤の底まで押し付けて弾き、音が小さくなると鍵盤の浅いところを弾きます。
このような生徒には、バスの音だけを私が弾いてあげます。

なるべく柔らかく広く深く、、
そうすると音は空中で歌い出します。

次に、バスを強く固く浅く弾きます。
すると、音はすぐ下に落ち空中に漂いません。

何がちがうのか、

やはり音楽を作る器です。

響きを作る広い空間が用意してあると、音は空中に羽ばたけます。
このバスの感覚は、一度自分の身でもって体感しないと理解が難しいものだと思います。

そしてこの響きの深さ広さを体現できると、不思議なことに単音でさえも広い器の中で響きを作ることができてくるようになります。

脳の使い方

不思議に思うことがよくあった。

なぜ自分で弾いている時、他人の演奏を聴いている時、

この時々で聴こえ方が違うのだろう。

 

以前の私は自分で演奏している時に音が遠くに聞こえることが多々あった。特にホールが大きくなればなるほど、そのようなことが頻繁に起こった。

他人の演奏を聴く時は、どんな些細な変化も耳に届き色々な世界を感じ楽しむことができた。

 

また、

自分が練習している曲を他人が弾いていると、不思議なことに音が遠く聴こえた。

全く知らない曲だと、ありのままの姿で音楽が耳に入ってきた。

 

どこが違っていたか今ではハッキリと答えが出た。

 

「脳の使い方」なのである。

 

人間は意識して体を動かしている場合と無意識で体を動いている場合では、使っている脳の場所が違う。

意識して動かす場合は前頭葉を使い、無意識の場合は前頭葉を経由しない。

手作業をしながら音楽を聴いている時とリラックスして音楽を聴いている時で聴こえ方が全く違うのもこの脳の働きがあるからだ。

以前の私は意識的に多くの手作業をしながらピアノを弾いていたので、脳が「聴くこと」より「弾くこと」に意識を割いていたのである。

そして毎日そういった弾き方、聴き方をしていると人が自分と同じ曲を弾いていても脳が耳を勝手に遮断してしまって音が遠く聴こえてしまっていたのである。

一種の職業病であったと思う。

 

音を聴くためには手作業を減らさなければならなかったのだが、当時の自分には知る由もなく、手作業を間違わなく繰り出せるようひたすら練習していた。

 

ショパンピアニズム(重力奏法・重量奏法)を身につけていくとこの感覚は劇的に変化した。

この奏法では指の運動量は非常に少なく、弾く意識はほとんど無くなる。

脳は聴くことに集中できるようになり、魔法のように音が広がり出した。

 

今や普通の感覚になってきたが、自分の演奏中に初めて耳が開いたあの瞬間、ふと上を向くと空中に広がる無限の世界を初めて見ることができた。

 

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ピアノはシーソー

私に十分な長さのテコと足場を与えてくれたら、この地球でも動かして見せよう

古代ギリシャの科学者アルキメデスの言葉です。

 

ホールを包み込むような音を出す時は、この言葉を思い出します。

 

ピアノの構造は以前と比べると複雑になりましたが、基本的にはシーソーの原理、つまりテコの原理で「ハンマー」が「ピアノ線」を打って音が発生します。

シーソーを思い出していただくと分かるのですが、自分がシーソーに座っていて反対側に自分より体重が重い人が乗ると一気に上まで持ち上げられると思います。重い人であれば重い人ほど、持ち上げられるスピードは速くなると思います。

これはピアノについても言えることで、「ピアノを弾く指」はなるべく重い方がいいのです。

重ければ少ない動作でもハンマーが素早く動きますので、指の運動量も少なくて済みます。

ですが指の重さには限界があります。指を上げ下げして弾くということは、指の重さだけでシーソーを動かしているようなもので、すごく大変なのです。

通常の指を上げ下げする弾き方ですと、使えても手首から指先までの重さです。

 

もしも、肩から指先までの重さを利用できたとしたらどうでしょうか。

 

これがショパンピアニズム、重力奏法の基本的な体の使い方です。

 

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