虫様筋とショパンピアニズム

指には第1関節、第2関節、第3関節とある。
ショパンピアニズム・重力奏法で弾く際に使う関節は、ほとんどが第3関節であり、わずかに第2関節から使ったりもする。
第1関節に関しては、まず使わない。

ショパンピアニズムに移行する前の生徒を見ていると、ほぼ全ての人が第2関節と第1関節のみで弾いており、いわゆるチェンバロ時代の弾き方をしている。150年前に、ショパンが何をもたらしたかというと、第3関節を主軸に演奏するということである。

ショパンピアニズムにおいての指を鍛えるという考え方は、第3関節を動かす筋肉である虫様筋を鍛えるということである。
第1、第2関節を動かす筋肉は浅指屈筋と深指屈筋の2つであり、この2つの筋肉は「手のひらの中」に存在しておらず「前腕」にある。第1、第2関節を鍛えるとは前腕を鍛えるということだ。
一方、第3関節を動かす筋肉は「手のひらの中」にある。それが虫様筋であり鍛えれば鍛えるほど指は強くなる。

上記の2つで何が違うかといえば、耳のリラックスである。
第1、第2関節から弾いている方は基本的に耳が緊張状態を強いられており、ここから使った時点で音を聴く能力はガクンと落ちている。
この使い方で厄介なところは、演奏している本人は耳が緊張していると感じ取れない点である。

私は99パーセントが第3関節から演奏し、極たまに軽い音を出したい時にのみ第2関節から使う。
それはホロヴィッツの演奏する動画を参考に見ていただければわかるかと思う。

前回も書いたが、音色というのは耳がリラックスしていて初めて生まれてくる。
自分から音に近づいては駄目なのだ。
虫様筋を使った第3関節からの演奏法を知った時、耳が音に近づいていたことに初めて気がつく。

腕の軸

テクニックを考えるにはまず体の構造を知る必要がある。
体には軸があり、その軸を中心に動かしている。
体全体だと背骨が軸だと言える。

ネイガウスも次のように言っている。

人間の手には、芯、軸があります。この周りを、手は動くことができます。

*ネイガウスのピアノ講義より引用

では、腕にとっての軸とはどこだろう。

人差し指が腕の軸である

これを理解していなければテクニックを指のみの力で解決しなくてはならなくなる。
親指を使う時も、小指を使う時も、この人差し指が軸にあるという考え方がなければ音は美しく響かない。おそらく日本でピアノを習ったほとんどの人は、親指が軸にあるかと思う。
いかがだろうか?

腱鞘炎の原因

こういう音を出したいと強くイメージがあり尚且つ練習時間が多い人に、腱鞘炎は多く発症します。

これは、奏法に誤りがある場合での話です。

普段の生活をしていて腱鞘炎になる人はいないと思います。
それは手にとって無理がある動きを行わないからです。

手にとって自然な動きとは、

・つかむ
・つまむ
・ひねる

これ以外の動きが不自然な動きになるわけです。

不自然な動き、それは

・反る
・力む

上記のものが腱鞘炎の原因の大部分です。

指を上に持ち上げる動き、実はこれも「反る」の一つです。そしてもちろん「力む」がないと叶わない動きです。

私は以前、腱鞘炎に悩まされていました。ですのでどれだけ辛いのかよくわかります。
そして原因もよく分かります。

私の場合、pやppの表現を練習している時によく発症しました。これは指を上げ下げしていると同時に緊張を高めて弱い音を弾いていたためです。

指を上に上げないと鍵盤が下に下がったままじゃないか!

と思われる方がいるかもしれませんが、それは鍵盤を前後に使っていない証拠です。
鍵盤は左右はもちろん前後にも使わなくてはいけません。そうすると指は上げなくても勝手に鍵盤から離れるのです。

腱鞘炎になりやすい人の特徴で、腕全体を使って「音をピアノから上方向に響かせよう」とする人が上げられます。
この腕全部を外側に大きく使った弾き方はピアノの構造を知らない人の演奏の特徴であり、自分の音と体の悲鳴が聞こえていない人の特徴でもあります。

自分もそのように演奏していましたが、他のピアニストの方でもこの根本的な間違いのせいで腕を痛めている姿を多くみました。
ピアノの鍵盤は下にしか下がらず、音はその間でなります。そこに意識を張り巡らせないといけないわけです。
鍵盤を下げた後に腕や体の動きを使って、音をつないでいく演奏法は情熱的に弾いているように見えますが、聴衆にはその熱い姿しか映りません。

「ピアノの構造」と「手・腕にとって自然な動き」を突き詰めていったところにショパンピアニズムはあります。

ショパンが当時流行っていた独立器具を「散歩するのに逆立ちの練習をしているようなものだ」と皮肉った事は、現代でも同じではないでしょうか。

この独立器具、かのフランツ・リストも熱中し、のちにこういった練習が誤りだったと書いております。
ショパンはピアノと腕の構造、重力、重量の使い方を本当に熟知していました。

「ピアノの構造」と「手・腕にとって自然な動き」この二つを理解できた時、私は腕の悩みから解放され一切痛めることはなくなりました。
ですので腱鞘炎になるようでしたら、奏法を根本的に見直してください。

私は腱鞘炎に悩まされていなかったら、この音・響きを体現できていなかったかもしれません。

脳の使い方

不思議に思うことがよくあった。

なぜ自分で弾いている時、他人の演奏を聴いている時、

この時々で聴こえ方が違うのだろう。

 

以前の私は自分で演奏している時に音が遠くに聞こえることが多々あった。特にホールが大きくなればなるほど、そのようなことが頻繁に起こった。

他人の演奏を聴く時は、どんな些細な変化も耳に届き色々な世界を感じ楽しむことができた。

 

また、

自分が練習している曲を他人が弾いていると、不思議なことに音が遠く聴こえた。

全く知らない曲だと、ありのままの姿で音楽が耳に入ってきた。

 

どこが違っていたか今ではハッキリと答えが出た。

 

「脳の使い方」なのである。

 

人間は意識して体を動かしている場合と無意識で体を動いている場合では、使っている脳の場所が違う。

意識して動かす場合は前頭葉を使い、無意識の場合は前頭葉を経由しない。

手作業をしながら音楽を聴いている時とリラックスして音楽を聴いている時で聴こえ方が全く違うのもこの脳の働きがあるからだ。

以前の私は意識的に多くの手作業をしながらピアノを弾いていたので、脳が「聴くこと」より「弾くこと」に意識を割いていたのである。

そして毎日そういった弾き方、聴き方をしていると人が自分と同じ曲を弾いていても脳が耳を勝手に遮断してしまって音が遠く聴こえてしまっていたのである。

一種の職業病であったと思う。

 

音を聴くためには手作業を減らさなければならなかったのだが、当時の自分には知る由もなく、手作業を間違わなく繰り出せるようひたすら練習していた。

 

ショパンピアニズム(重力奏法・重量奏法)を身につけていくとこの感覚は劇的に変化した。

この奏法では指の運動量は非常に少なく、弾く意識はほとんど無くなる。

脳は聴くことに集中できるようになり、魔法のように音が広がり出した。

 

今や普通の感覚になってきたが、自分の演奏中に初めて耳が開いたあの瞬間、ふと上を向くと空中に広がる無限の世界を初めて見ることができた。

 

黒木洋平ピアノ教室 ショパンピアニズム モダンピアニズム

戸田駅徒歩1分 池袋/新宿/赤羽/大宮からも埼京線でいらしていただけます

 

 

 

言葉の力

私は現在、埼玉県戸田市でピアノ教室を開いています。日々ピアニズムの研究を続けながら生徒に伝わりやすい方法を模索しています。

レッスンを行う中で言葉というのはなかなか難しく間違った伝わり方をしてしまうなと感じております。

以前、体を前後に動かしすぎる生徒がおり、なんとか楽に弾いてもらおうとアドヴァイスしたことがありました。

 

「体が動きすぎてて、それだと自分の音を聴けないよ。あまり動きすぎないで」

 

すると体を動かすまいとカチカチに固まってしまい逆に力んでしまいました。

次に実験をしてもらいました。

一音を鳴らしてもらい、それをペダルで保留。

音を持続したまま目を閉じ体を前後に動かして聴こえ方の違いを感じてもらいました。

 

「前に行くと音が大きくなり、後ろに行くと小さくなる」

 

生徒が言いました。

 

そうなんです!

体を動かさない方が良い理由は、耳の位置が変わって音を聴けなくなるからなんです。体を後ろに引いたり前に倒したりしても実は、

 

『音を聴いているつもり』

 

になっているのです。

 

そこで、

「耳の位置を変えると音が変わっちゃうでしょ?体は意識しなくていいから音をよく聴くために耳の位置を変えないように気をつけてみて」

 

このように助言してみると、体の硬さはとれ音も立体的になりました。

 

自分自身でもそういった経験はよくあり、

 

「脱力」と思うより「リラックス」と思った方がうまくいきます。

「テンポを守って」より「曲の呼吸を邪魔しないで」と思った方が自然な流れになります。

「音を大きくして」より「響きを厚くして」の方が色彩豊かになります。

「よく聴いて」より「耳を天井に置いてきて」の方が立体感が出ます。

 

言葉の力は大きいです。

 

そういったところも日々研究していかなくてはいけませんね。

 

 

 

黒木洋平ピアノ教室 ショパンピアニズム モダンピアニズム

戸田駅徒歩1分 池袋/新宿/赤羽/大宮からも埼京線でいらしていただけます