奏法が身についてくると耳はピアノの鍵盤上ではなく空中に向けて解放されます。
この時に「聴く」ということを実感できるのですが、どうしても導入段階では分かりにくい感覚でもあります。
まだ「弾く」という感覚があるうちはイメージが手助けになることが多いです。
よく音を聴いて!
このようなアドバイスを生徒に送る教師は多くいます。
しかし、このアドバイスでは生徒は注意された一方の音にしか注意を傾けなくなります。
メロディーをよく聴いてというと、伴奏がおろそかになり、伴奏を聴いてというと、メロディーがおろそかになり、
その場所では、バランスが整ったとしてもそれは一過性のものでしかなく「聴く」という感覚ではありません。
「聴く」という感覚は、注意をどちらか一方に向けることではなく、全体を見渡したまま「遠近感」を感じることなのです。
この「遠近感」を感じることが「聴く」という感覚ですが、これは今まで意識したことがない方には難しいものです。
しかし次のようなイメージを持つと感覚を掴みやすくなります。
大きい教室がありそこに大勢の生徒が座っています。自分は教卓の前にいる先生です。
先生は教卓から一切移動することなく、生徒全員の言っていることを聴かないといけません。
これが聴く感覚です。
「右前の生徒」が先生に向けて話していると同時に、「左後ろの生徒」も先生に向けて話しています。
この両方の声を教卓から移動することなく聞き取る。これが聴く感覚であり遠近感なのです。
聴くという感覚は、何かに集中するということとは違います。全体に意識を張り巡らせたまま、いろいろな距離からくる音を聴き取るということです。
つまり聴くという感覚は、平面に存在するのではなく奥行きがあるのです。
ですので、
伴奏を弱く、メロディーを目立たせてというような平面的なアドバイスではなく、
伴奏は左後ろの生徒が優しく話していて、メロディーは右前の生徒が話している。
このように意識させるだけで音楽は奥行きを持ち響きは色を持ち始めるのです。
そして強弱ではなく、遠近感や響きの量で音楽を作ることができてくるのです。
耳の使い方を指導することは、音楽的な話をするのと同じくらい大切であると実感しています。